スポーツファッションとしてのフレッドペリー

フレッドペリー(fred-perry)の創業者は元プロテニスプレイヤー「フレデリック・ジョン・ペリー」で、テニスプレーヤーとしてもテニス界の英雄といわれたほど、活躍していましたが、それだけではなく、フレデリックは、ベストドレッサーとしても認められていたくらいファッションセンスもありました。

一般的にフレッドぺリーはメンズが多いようですが、最近では、レディースもあるようで、女性の間でも人気を集めています。

フレッドペリーのファッションはトータルスポーツファッションといわれるだけあり、ジャージや、ポロシャツ、スニーカー、ジャケットが主ですが、モッズコートや、ダウンジャケット、トラックジャケットなども人気のアイテムです。

日本でのフレッドぺリーファッション

フレッドぺリーのファッションブランドが日本に上陸したのが、1970年代の初めで、上陸して間もなくデニスカップの日本チーム公式ユニフォームになるなど、テニスブランドとして地位を確実に確立していきました。

1990年代からは、単なるテニスウェアとしてのファッションのみならず、トータルスポーツファッションとしての地位を目指し始めました。

日本では、フレッドぺリーヴィンテージファッションブランドとして注目を集め、フレッドペリー・ヴィンテージポロシャツが日本で復刻版が発売されました。

現在では、有名アーティストやデザイナーとのコラボレーションのコレクション所品を展開しているようです。

フレッドペリーの成功への道

その後引退したフレッドペリーの開発したリストバンドを当時のトップテニスプレーヤーがこぞって使用したようです。

その当時、リストバンドは優れているとは言えなかったので、フレッドの開発したリストバンドが注目を集めたのです。

それから、フレッドペリーはスポーツウェアを事業として開始し、そのときからロゴマークを月桂樹を使用する許可を正式にウインブルドンからも得ることに成功します。

リストバンドの次にはシャツの製造を初め、体にフィットするテニスシャツを製造し、それが多くのテニスプレイヤーから支持され、月桂樹のロゴマークが世界最高のテニストーナメントプレーヤーとのイメージまで確立していき、さらにはエリザベス女王からも注目をされたシャツとしてイギリスではさらに人気が広がっていったようです。

このフレッドペリーのシャツの販売により、それまで白いカラーのシャツばかりだったのが、さまざまな色のシャツが販売されるようになり、その時からイギリスの若者のファッションに大きな影響を与えたシャツになり、ビートルズも着用するようになり、さらには世界にまで広がったようです。